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【武田信玄】に学ぶビジネスコンペ勝利の方程式(VS 上杉謙信/徳川家康より)

この記事を読むメリット

コンペで勝ちたいけど勝ち方が分からない、戦国武将の戦略からヒントを得られるかも

歴史好きの上司との会話がもたない、明日から仲良くなれるヒントに

武田信玄の戦略とマネジメント力

風林火山

武田信玄の軍旗として有名な「風林火山」、古くは中国の軍師・孫子に由来する。

其の疾きこと風の如ごとく、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し

その戦略的な思考と行動を象徴する旗印となっている。彼の有名な言葉「風林火山」は、戦国時代の厳しい状況での生き抜くための指針であり、ビジネスシーンに転用することが出来る。社内でも上司が「仕事はスピードが命だ!」「今はあえて返事をしないで、機会が来るのを待て・・」といった会話を聞いたことはないだろうか。
実はこの「風林火山」には続きがあって

知り難きこと陰(かげ)の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し~

と続いていく。もし興味のある方は、孫氏のビジネス本は多く出版されているので目を通してみて欲しい。

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人は城、人は石垣、人は堀

武田信玄の強みとして、マネジメント能力を置いては語れない。彼の下には武田二十四将とも言われる有能な家臣団がいた。
軍師で有名な山本勘助、騎馬軍団の赤備え(赤い鎧の軍団)で有名な山県昌景、武田四天王にも挙げられる高坂弾正など、挙げていくと切りがない・・
その有能な家臣団を巧みなリーダーシップと知略で支えたのが、武田信玄である。現に彼が亡くなり、息子・武田勝頼が跡を継いだ後、この二十四将から裏切りが出て織田信長に滅ぼされていくのである。
武田勝頼は決して無能な大将ではなく、戦略にも長けていたらしい。それでも武田家臣団を支えられなかったのは、信玄のずば抜けた統率力(≒マネジメント力)があったからと言わざるを得ない。

それを象徴する武田信玄のセリフに、以下がある。

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり

戦国武将には、大きな城を権力の象徴や防御の要とした。例えば、織田信長の安土城、豊臣秀吉の大阪城などがそれだ。
ただ、武田信玄は生涯大きな城を拠点としなかった。躑躅ヶ先館(現在の山梨県・甲府神社)と言う平城というより館を拠点としていた。彼は、人は城そのものであり、人々の結束が強固な城壁(石垣)と深い堀(防御)だと考えていたのだろう。
現代企業においても、組織を作るのは派手で広いオフィスでは無く、あくまで有能な人材の知力と結束力とも言えるだろう。ビジネスコンペにおいても、他部署や上司を巻き込むチームワークと結束力が成功の鍵となる。

最大のライバル上杉謙信との戦い

川中島の戦い

武田信玄と上杉謙信は、川中島で何度も激突した。一騎打ちで有名で最も激戦となったのが、1561年に行われた第四次合戦である。
武田軍のキツツキ戦法(夜襲で山頂の敵を襲い、山から下りた敵を挟み撃ちにする作戦)の裏を突いた上杉謙信が、武田信玄の陣営に切り込んでいく有名なあのシーンだ。
この戦いで武田軍は、信玄の弟・信繁と軍師の山本勘助を失っている・・
前半有利に進めた上杉軍に対して、後半は武田軍優勢となり、結果引き分けとされている戦国ファンなら誰もが知っている戦いだ。

なぜ強敵謙信と戦ったの?

川中島の合戦は、全部で5回行われたと言われている。ここで疑問が出てくるのが、武田信玄はなぜわざわざ強敵である上杉謙信との戦いを選んだのか?ということだ。
おそらく、海を目指したのではないかとと推察される。戦国時代において、海運や貿易は軍備に必要な資金源として大きな魅力であった。あの織田信長も尾張(愛知県)の漁港から資金を得ていたとされ、その他有力な戦国武将は海に接する国に存在するパターンが多いと思われる。(大友宗麟、大内義隆、伊達政宗など)

ただ、この戦略的アプローチが結果として多くの時間を費やし、武田信玄は上洛(京都に上る)前に寿命を迎えることとなる。戦国ファンとしては、もし川中島の戦いを5回では無く、3回で辞めて織田信長と戦っていたら・・武田幕府を開いたのは信玄だったのではないか、と想像してしまうのである。

あの徳川家康に圧勝!その秘訣は

三方ヶ原の戦い

2023年NHK大河ドラマ「どうする家康」でも描かれた、三方ヶ原の戦い。
徳川・織田連合軍 VS 武田信玄の有名な戦いで、徳川家康が大敗戦を経験した戦いとしても有名だ。なぜ負けたのか・・?

もともと兵力は武田軍の方が多かったが、武田軍は浜松城に立てこもる徳川軍を無視して城前を通過した。当時34歳の若い家康は、プライドと織田信長への体裁もあり城から出て武田軍を追いかけた・・結果、その先の高台で待ち構える武田軍に完膚無きまでに叩きのめされてしまうのだ。
大河ドラマで、阿部寛演じる武田信玄が名言を吐く。

この一言は核心をついている。中国の孫子も似たことを言っており、戦いは事前の準備と根回しで決まるというのだ。

ビジネスコンペで勝つ方法とは?

事前の準備と根回し

ビジネスコンペや営業活動の場でも、全く同じことが当てはまる。事前の顧客ヒアリングと関係値の醸成、資料作成、提案ロジックにおいて、大方の勝敗は決まっていると言っていい。
「提案してみないと分からない」「クライアントの反応次第」・・そう言っているコンペは、だいだい負ける。信玄が実践したように、戦略的アプローチと施策の実行が計画的勝利に導くのだ。ビジネスコンペで勝つためには、事前の準備が欠かせない。

体験談・事例紹介

私が成功したビジネスコンペの体験として、事前の根回しとクライアントとのコミュニケーションが実を結んだ事例がある。
2~3年の長期プロジェクトで予算は数億円を超える提案、コンペ開催前に何度もクライアント先に足を運び、実現したい内容のヒアリングと解決策のディスカッションを何度も重ねた。
もちろん社内で提供できるサービスレベルの高さ、プロダクトの強さがあってこその話だが、コンペ前に既に大方の勝敗は決まっていたのである。
また、コンペで勝率を上げる方法して、自分個人の経験や知識に頼らず、チームとしてのノウハウを蓄積していくとが重要だと感じている。

  • 過去の成功事例::過去ビジネスコンペで成功した事例の蓄積とクラアインとの判断軸分析(どのように問題にアプローチし、勝利を収めたのか)
  • 失敗からの学び::失敗したコンペの要因分析(失敗から学んだ教訓や改善点を共有し、チームとしてPDCAを回す)

ビジネスコンペで勝つためには、まず事前の準備と根回しを、そして成功事例と失敗事例の両方を分析理解しアウトプットにつなげることが肝要だ。

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SHIRYU

東京で働くサラリーマン👔趣味は、映画と歴史、たまに旅行、土日はだいたい酒飲みながら映画観てます。 自分の経験と趣味を交えて、ためになる情報を発信していきたいと考えている今日この頃・・

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